2025年02月16日
清水の茶について その2片平信明
清水に茶の栽培や生産が活動的になったのは明治になってからです。片平信明(1830‐1898)という農業指導者によって栽培がはじまったとされています。片平信明は庵原郡杉山村(現清水区杉山)に生まれました。当時の杉山村は灯油原料のアブラギリの生産が主流でしたが明治維新後外国からの安価な油が輸入されたため価格の暴落によって村は経営危機に陥いることとなりました。そこで作物転換を立ちはだかろうとしたのが片平信明でした。片平自身は明治元(1869)年から茶の栽培をはじめていましたが、明治9(1876)年に杉山報徳社を設立、そこでは農村経済更生を目指し開墾事業に務めていきました。報奨金を用いてチャノキだけでなくミカンなど多くの農作物の栽培に携わり青年の指導にも携わってきました。こうして村に茶やミカン栽培を定着させ1900年以降近隣の山林を買い入れ開墾をされていきました。この功労は現在の清水に茶やミカンの生産に受けつながれています。 つづく