2025年05月12日
内田式茶摘み鋏


以前に鋏(はさみ)摘みについてふれましたが、茶鋏で一番古くから使われているのが、内田式茶摘採鋏です。この内田式という所以は内田三平(1879-1950)という菊川生まれの農具技術者で明治末から大正初期の1910年から15年までに発明、この名前を特許されました。当時は高林謙三が粗揉機を考案発明されてから17年が経ち製茶工程の機械化が進んでいった時代でした。それまでは手摘みが主流でしたが、1920年代には全国的に茶摘み鋏が普及していきました。この時期は茶の輸出高は2万tを越え、茶摘み作業の省力化が強く求められていきました。鋏の改良を重ね、鋏の売れ行きが急増していきました。1936(昭和11)年には内田刃物工業を設立されました。しかしながら戦後1950年代以降になるとさらに機械化が進んでいき、鋏から機械刈りへとなり、一人用可搬機が誕生すると次第に鋏の生産は減少していきました。なお、内田刃物工業は現在は乗用型摘採機やバリカン茶摘み機へとシフトされ、鋏の生産はなされていないとのことです。この茶摘み鋏は浜松市天竜区にある農機具ショップに置かれたものでこれしか残っておらず今となってはレア物に近いといえます。